ペルソナランド通信その3
ペルソナランド通信その3
What lies behind us
And what lies before us
Are tiny matters compared to
What lies within us
過去に何があって
未来に何があるか
それは些細なこと
私たちの中に何があるかに比べれば
これもペルソナランドで紹介されていた。ラルフ・ウォルド・エマーソンの詩だ。
どんな人なのだろう。興味が湧いてくる詩だ。
エマーソンは1803年アメリカ、マサチューセッツ州ボストンで生まれた。当時のボストンは工作機械や繊維工場に資本が集まってくる、工業都市としてアメリカだけでなく世界をリードするような場所だった。それに伴い法律や教育、医療の中心だった。牧師だった父が、エマーソンが8歳の時病死する。母と叔母の教育を受けなんと14歳でハーバード大学に入学。18歳で牧師を職業とし教会で話す説教が人気を呼んだ。しかし枠にはめず彼個人のとらえ方、キリストは偉大な人間であり教会が神格化してしまったという意見が教会内で衝突を生み、1932年ヨーロッパへ旅立つ。1936年、"Nature"(自然力、人や動物の天性) という評論で一躍、超越自然主義哲学の草分け的存在になった。
「すべての人間の個々の存在が人々のあらゆる存在と一つになっている」
「我々はこの世界を部分部分で太陽、月、動物や木としか見ていない。だがそれらのものが一部として光り輝いている。全なるものが魂なのである」
- The Over-Soul from Essays 1841-
そしてそれを観念的ではなく、体験の中でつかめと。これを読んで私は不思議な共通点を見つけた気がした。エマーソンが言いたかったのはまるで空海が中国から命がけで運んできた真言密教のようだ。「月も星も木も、あなたも私も全ての存在に大日如来が宿る。つまり宇宙そのもの。すべては一つに繋がっている」と説かれている。
空海の時代、現存していたお経を読んだり書いたり勉強するのは顕教、体験した人のみがつかむ、仏と共にある心境が密教。当時の空海は伝統を継いではいるものの、密教という新しい形の宗教を実践をもって日本中に広めた。エマーソンはきっと時代の慣例や伝統の限界から、個人の無限性を経験の中で覚知しようよと、人々を励ましたかったのではないか。彼は晩年まで各地で講演活動を続けたが、1882年肺炎で亡くなった。
パルソナランドでこの詩を聞くことができます
https://www.youtube.com/watch?v=EXkvIPcAiV4&t=0s&index=4&list=PLzsueno2Oy0Be1ddqszWJtAIQBsuQfINR