ジョン・アール・デニス
ジョン・アール・デニスの材料考察
John Earl Dennis
未知の素材と方法で人々を驚かすトリック
「僕はアーティストじゃないよ。コマーシャルだから」
ジェドの仕事は、商業的な空間にコンセプトに沿ったモノを制作する空間デザイナーだ。これはアートではないのであろうか?
「いいえ、その素材への困難に取り組む姿勢は、アーティストの心です」と言いたい。
たとえそれが商業的スペースのオーダーだったとしても。 建築家、クライアント、デザイナーと話し合いを重ねるチームの共同作業だったとしても。
代表作は日本でも有名な、ロバート・デニーロがオーナーのレストラン”NOBU”のエントランスだった。
その天井には、たくさんの貝殻らしきモノが、らせん状にうず巻いていた。
ジェドいわく、鍾乳洞のような空間を造りたかった。使われているのはウニの筋肉だ。
「ウニの筋肉?」と何度も聞いたが、彼は首を縦に振った。使われたウニの筋肉は、30,000本。
大きさを調整し、方向を決めながら造り上げてゆく作業は、想像するだけで気が遠くなる。いったい30,000本のウニの筋肉はどこに在庫していたのか?そう聞くと彼は自分の仕事場へ案内してくれた。
ダウンタウンの倉庫街にある、ビルのエレベーターを降りると、巨大なフロアーが出現した。何部屋分もの壁を取り払ったロフトだ。奇抜なアイディアで、思ったとおりに素材を組み立て、実現させる職人のための理想的なスペースだった。
©Packet Corporation
設計図と出来上がりイメージ
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仕事場で見つけた、自分励ましオブジェ。”私はアガテの戦略家” と書いてある
その時ジェドは2008年、マイアミに建設されたばかりのリゾートホテル内の、巨大なオブジェのカーテンを制作中だった。使用目的の違う空間を隔てるための、間仕切りの役割を果たしている。素材はマングローブの枝と、アガテというブラジル産の石だ。
クライアントの
「自然の中でくつろげる空間、象の牙のような形のモノが欲しい」
というリクエストに応えて、彼は小さい見本を造った。すぐにGOサインが出てプロジェクトは発進したが、とんでもない困難が待ち受けていた。
まず、マングローブの枝は自然のものだから枝ぶりも曲がり具合も1本1本違う。
小さな枝を切り落とし、バランスを見ながら向き、配置を決定したら、アガテの薄切りと交互にワイヤーを通し、つるして、ネジで固定する。
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マングローブの枝は、象の牙ほどの長さだ
アガテは薄くスライスすると、割れてしまうものが続出。ちょっとした石の癖を見つけて切る場所を決める。間違えたら無駄が出てしまう。
実物を吊る段階では安全性を考え、ワイヤーの太さを決めなければいけない。
およそ300本のマングローブや石が、バランスとリズム感を失わず毎日セッティングされていった。
ニューヨークの仕事場からマイアミに送るためには、すべてのネジの位置に番号をふって、誰でもわかるよう再生可能な状態にしなければならない。
気が抜けない作業の連続だ。
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大胆な構図とは正反対の几帳面な仕事だ
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どのパーツがどれ、とわかるように目印をつける道具
しかしジェドは、作品の完成に向かってまっすぐに進み、部分的に修正しながら問題を解決してゆく、職人の意地も持っている。
大切なのは限られた約束事の中で精一杯、素材を生かす気持ち。長いプロセスで中心がぶれないまま、ひたすら美につき進んでゆく。
ジェド曰く、『それが武士道』なのだそうだ。
©John Earl Dennis
最終的に現れたレストランやホテルの天井や壁は、既存の天井と壁の常識を越えてしまった。
彼が暮らすグリニッジ・ビレッジは、ニューヨークで一番古いカフェがある。
そのCafe Regioはかつて、ジャクソン・ポラック、サルバドール・ダリ、マリアン・ムーア、ボブ・デュラン・・画家や詩人、ミュージシャンをはぐくんできた。
自由な発想や情熱を発散させてきたボヘミアンの街なのだと言う。
アッパーサイドは上流階級のサロンが流行り、人々が集うその対極にあったのがこの街だ。ここで売り出されたアートは軽蔑の意味を込め“ゴミ箱派”と呼ばれた。その中にいたマルセル・デュシャン、ピカソ、ブラック、ゴッホ・・・は現在のホイットニー美術館の始まりともなった、重要なコレクションとなる。
今は観光客も多く2階建てバスが走り抜け、ニューヨーク大学の学生がたむろしている賑やかな街だ。
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ご近所さんが、気安く声をかけ合うカフェでジェドとランチを食べた
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3階に明かり取りの窓がある。オランダ式画家の家か?
「ボヘミアンとヒッピーの違いは何?」とジェドに聞いてみた。
「どちらにしても、アンチ・エスタブリッシュだよ。もともとある形、主流にいつも反対するところから新しい文化が生まれてきたんだ」。
彼はこの街のにおいが気に入っている。同じような理由で長く住み着いている人が大勢いて、通り沿いのカフェで食事をしていると何人ものご近所さんが目で挨拶しては通り過ぎる。
暗くなり始めると片手にギターを持ったボブ・デュランがつぶやいている。そんな声が聞こえた気がした。