Arts and Crafts, Food and Styling, Tradition and Originality

スチュアート・ウィルソン

スチュアート・ウィルソンのアートウェル

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Stewart Wilson

Stewart 5
©Stewart Wilson

たぶん無駄なものは何もない
ゴミの山を宝にする人を発見

 人が生活の中で使い古された布を捨てる。彼はそれを一枚ずつ手にして吟味する。
普段何気なく捨ててしまう、使い古された布、不要になった端切れなど、この人にかかると今まで見たこともないような鮮やかな色彩の「生き物」に生まれ変わる。
“ペルソナ”と呼ばれる小さなピンブローチの作り手、スチュアート・ウィルソンはニューヨークからバスで2時間ほどのコネチカット州で暮らすアーティストだ。

画像の説明 身長わずか65mmでこのパワー。スチュワートが好んでいたのはカラーゼロックスに置く方法。
©Stewart Wilson

 ビルや橋、小島と、とてつもなく大きなモノを包むことで有名なクリスト&ジャンヌ・クロード。彼らはその計画段階から、完成までに大人数を巻き込みそれが社会現象になる。そのプロセス自体も彼らの作品だ。
それとは逆方向に、スチュワートは小さいモノへ小さいモノへと魅かれていった。
ある日、関節が曲がる人間の小さなフィギュアに出会い、包み始めたら、もうやめられない止められない。

画像の説明 画像の説明 日本のマタギとか、アメリカインディアンの儀式を想像させる。
©Stewart Wilson

 彼の言葉を借りるなら「瞑想みたいな、時には自由に旅をしているような空っぽの状態になって、指の動くまま一体一体ペルソナを完成させていくと、向こうから何かを発信してくる。僕に成し遂げる力を与え、励ましてくれるんだ」

 こうして手のひらに乗る小さなアートを創りだすことで、彼自身の宇宙観みたいなものに到達していった。と、同時にアーティストとしての道を見出していくことになる。

 1979年イーストビレッジのフィオルッチから最初のオーダーを受け、MTVビデオミュージックアワードのポスター、トーキングヘッズの本のデザイン、マネーマガジンなど、PRや広告の世界でも“ペルソナ”が一つのキャラクターとして新鮮な持ち味を出していった。
1点1点違う輝きを放つ“ペルソナ”は今や3万点を超え、全米各地のみならず、ヨーロッパのミュージアムショップで親しまれている。ペルソナは著名人の目にもとまった。ロビン・ウィリアムズダイアン・キートン、ジャック・レナーラーセン、黒澤明三宅一生らがコレクターの名前にあがっている。

画像の説明 MTVミュージックアワードのポスター。月面着陸の劇場仕立てだ。
©Stewart Wilson

 彼のアトリエのデスクは古いハギレの山だ。中にはスパンコール、日本の着物、絨毯、ベルベット、麻...。彼はその一枚を大切そうに手にとり、布をじーっと見つめて言った。
「この布はこの世界ではハギレでも、3インチの世界では美しい衣装なんだ」

画像の説明 トーキングヘッズの詩の本の1ページ
©Stewart Wilson

 ユングの夢判断に登場する”ペルソナ”は表向きの顔のことだ。社会に適応するためにつけている仮面を意味する。夢で着ている服、履いている靴は自分の分身だ。私たちは普段怖れや疑い、プライドという皮で覆われている。表面的にネガティブだと思っていることは本当にネガティブなんだろうか?ひっくり返すと、もしかするとポジティブな事かもしれないし、その反面も大いにありえる。自分の心を映し出す拡大鏡を手に入れることができたら、本性とやらが見えてくるはずだ。その本性を知ることができたら、もしかしたら人はもっと周りを幸せにできるかもしれない。「人間の内側の核の中には人間本来の可能性があるはずなんだ。だからそのエネルギーに早く気づいて欲しい」と語りかけるように、手の平の上の”ペルソナ”は立っている。

画像の説明 こんな美しい馬も。祭りのために着飾った騎馬民族の馬みたい。
©Stewart Wilson

 人と仕事の巡り合わせも、すべてペルソナが運んできた、と彼は信じている。現在、スチュワートはコネチカット州の小さな街にある非営利団体、ギャラリー”Artwell”(アートの泉)を主催するディレクターでもある。以前住んでいたニューヨークのリトルイタリーで、アーティストたちのコミュニティーに顔を出していた頃が忘れられなかったのが”Artwell”を立ち上げた理由だ。思い立った時、新聞に「新しいギャラリーを開きます。協力者求む」といった3行広告を出した。すると、小さな街のあちこちから問い合わせの電話が鳴り、新しくレンタルしたスペースの掃除から壁塗りまで大勢が参加してくれた。知り合ったアーティストたちは発表する場所が欲しかったのだ。
 個人的な活動をしつつもコミュニティーを大切にし、お互いを刺激しあってきた。9.11以降その気持ちは益々強くなってきているように感じる。スチュワートは今、新しく発見したアーティストたちのプロデュースに忙しい毎日を送っている。大勢の仲間と人間本来の可能性を探りながら、今日も走り続けている。

 

バイオグラフィー

1975 ノースカロライナ州立大学デザイン修士過程終了

1980 クーパー・ヒュイット美術館 (N.Y.)”ヘアー展”

1981 P.S.1 ギャラリー (N.Y.)

    ”ニューウェイブニューヨーク展”

    現代美術ギャラリー(神戸)

1984 ハートネットギャラリー (N.Y.)

1986 セントロ・マスカレーラ・アルテ・リセルカ (イタリア)

    ビジュアル・アートセンター・オブ・アラスカ

1988 ギャラリーV+V ”フィギュアティブジュエリー”

1989 ガルベストン・アートセンター ”ペルソナ展” (テキサス)
1990 アメリカンクラフト美術館 (N.Y.)

    ”トーイメーカーズ展”

    16ハンズギャラリー (ミシガン) 

    ”スチュワート・ウィルソン展”

1995~ コネチカット州トーリントンに "Art well" を立ち上げて以来、数多くのアートギャラリーと連携をとりながら美術のみならず音楽、パフォーマンス、詩の朗読などを含む地域の子供たちのアート教育支援、アーティストの発掘、展覧会の準備に東奔西走する

2018 3Dの世界にペルソナランドを開村するためクラウドファンディングをスタートし、11月にすべての垣根を超えて世界中のアーティストとつながるギャラリーを開設。





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