ティム・プレンティス
ティム・プレンティスのキネティック・アート
Tim Prentice
風を読み
風を形にする男
コネチカットの林道は針葉樹が多く、まるで信州か、山梨を走っているようだ。山道のカーブを曲がると、そこに谷間が広がっていた。
緑の波打つ丘陵に建つ、ニューイングランド風の赤茶色の木造の家がティムの家だ。その昔、氷を作って保存していた池と、冷凍庫代わりだった小さな白い小屋。お茶の時間を楽しむ、あずまやもある。
緑の斜面と木造の小屋の間を、風が吹き抜けてゆく。
この美しいランドスケープの中にインストールされた、数々のキネティック・アート(動く彫刻)が待ち受けていた。
正面に200枚はあるだろうか、金属製の小さな四角が並んだスクリーンが木立を映し出し、波うつ。
空気中に現れた水面のようだ。
木立ちの間に吊るされたインストゥルメントは,細い金属のストローが風になびくとサラサラと流れるような音楽を奏でている。
窓から外の小川に流れるように漂う作品。窓から外へ出てゆく形が見える
©Packet Corporation
彼の作業所。大きな納屋の吹き抜けにたくさんの実験があった
©Packet Corporation
曲げてねじって、ひっかけて並べる。その繰り返しなのだ
©Packet Corporation
ティム・プランティスが、師であるジョセフ・アルバースに繰り返し教えられたことは、
「なによりも増してもっと厳しく、もっと深く、もっと正確に見ること」だった。
彼の作品は緻密な計算の上に材質、サイズ、軽さ、ボリュームが決定づけられた現代アートだ。
彼の頭の中では風に漂う姿が見えているのだろうか。
©Packet Corporation
彼は自身の作品についてこう述べている。
「私の現在のキネティック(動く)彫刻の中で、私は形そのものよりも、その動きに気持ちを集中しようと努力している。
私たちを取り巻く空気は有機体であり、気まぐれで、予測不能な動きをするということ。
それだけを信じてきた。それゆえに、もしも私が風のためのデザインを放棄したら、作品はどれも同じ特質を持つのは当然と思っている。
私の中に存在する技術者は、空気の摩擦をなるべく最小限にとどめたい。
建築家の私は、比率や均整を学んでいる。
水夫は風の強さや、方向を知りたいと思う。
アーティストは、この動きの変化を知りたいと思う。
そして、子供の私はただ遊びたいのだ」
(Tim prenticeのウエブサイトからの引用)
ジャン・ポール・サルトルは、アレクサンダー・カルダーの作品を見て言った。
「時、陽の光、熱、風がそれぞれダンスを踊っているのさ」
コネチカット在住の作家、ニコラス・フェックス・ウェバーは、
同じ言葉を、ティムの動く彫刻に向けて贈った。
自然界の羽、人工的なステンレス、ワイヤー、
違う素材を組み合わせてゆく作業は真剣で、遊び心にあふれ、工学技術を極め、そして詩的であった。
ある日病院に設置された彼の作品を見て、
「エミリー・ディキンソンの詩を思い出した」
という1人の癌患者から手紙が届いた。手紙にはこう書かれていた。
プレンティス氏へ
ハートフォード病院にマジカルな彫刻 ”Aviary”(大きな鳥の檻)を造ってくれてありがとう。
私は乳癌の患者です。この数年耐えられない辛い事がたくさんありました。
駐車場の”癌患者用”という看板を見るたび、現実を見せられていました。
でもある日、ロビーに入って見上げるとそこには、
優しくゆっくりと螺旋状に微妙な動きをする羽があって、
その時、エミリー・ディキンソンが希望を歌った詩と、
「人生は美しい」という事を思い出させてくれました。
その時、私は心が軽くなったのを感じました。
その作品は羽がテーマだった。
放射状に輪を描くように並べられた無数の羽が二重、三重に輪を作っている。
羽は軽いため、ほんの少しの大気の動きをキャッチしたら、止まることなく
回り続けるのだ。
彼女が思い出した詩の一節とは――
”希望は、羽をもっている-
魂のとまり木にひっかかっているような―
歌詞のない旋律のような―
決して終わることのないもの―”
詩人 エミリー・ディキンソン
(1830-1886)
病気という苦の中で、見上げた天井に見つけた希望。
回り続ける羽が1人の心を軽やかにさせた。自由に軽やかに動くアートがそこにあった。
バイオグラフィー
1960 エール大学にて建築学の修士課程を終える
1965 The award-winning firm of Prentice and Chan設立
1975 コネチカット州コーンウォールにスタジオを設立 動く彫刻をデザイン、制作し始める
主なクライアント
アメリカン・エクスプレス、バンク・オブ・アメリカ、モービル、AT&T、ヒューレット・パッカード等
その他日本、韓国、北アイルランドなどでも彼の作品が設置された
彼の作品はアレクサンダー・カルダーや、ジョージ・リッキーの技法から学び育ったものだが、
最近評論家のグレース・グラックからは、
”彼の穏やかに主張する作風は非常に彼独特のものである”
という言葉が寄せられている。
2007年マックスウェル・ダヴィッドソンギャラリー(N.Y.)にて展覧会を行った
ティム・プレンティスのウエブサイト
http://www.timprentice.com/